今日、まさに心をへし折られそうになる出来事がありました。
職場で、ある業務について「この方法でやったほうが早く終わるし、お客様の手数料もかからない」と上司に提案しました。会社にとってもお客様にとってもメリットのある、いわゆる「正論」のつもりでした。
しかし、返ってきたのは**「前からそうやっているんだから、その通りにやって」**という思考停止した言葉。 理由を尋ねると、議論は突然、感情論にすり替わりました。
「私の言うことが聞けないの?」
その女性上司は、職場で長年勤めている、いわゆるお局的な存在。 ヒステリックに騒ぎ立てて周囲を巻き込み、さらには社長や常務に涙ながらに媚びへつらい、まるで私が「言うことを聞かない悪い部下」であるかのように仕立て上げました。
直属の上司や同僚たちが「あなたは悪くない」と理解してくれたのが唯一の救いですが、正しさが感情と政治力で押しつぶされる現実に、どうしようもない徒労感を覚えました。
反論すれば角が立つし、黙っていれば認めたことになる。 そんな「出口のない迷路」に閉じ込められた時、私たちの心は急速に摩耗していきます。
「なぜ、あんな理不尽がまかり通るのだろう?」
そうやって怒りで震えそうになった時、私が開いたのはビジネス書ではなく、一人の哲学者の日記でした。 古代ローマの皇帝、マルクス・アウレリウスの『自省録』です。
「嫌なやつ」は必ず現れる
彼は皇帝という立場上、多くの裏切りや嫉妬、理不尽な批判にさらされていました。 今日私が味わったような、権謀術数渦巻く宮廷の中で、彼は自分自身を励ますためにこう書き残しています。
「朝、目が覚めたら、自分にこう言い聞かせるのだ。『今日、私は、おせっかいな人間、恩知らずな人間、傲慢な人間、嘘つきな人間、嫉妬深い人間、偏屈な人間に出会うだろう』と」 (マルクス・アウレリウス『自省録』より)
彼は、「嫌なやつ」に出会うことを**「今日の天気」**のように予測していました。 「今日は雨が降るだろう」とわかっていれば、雨に濡れてもショックを受けないのと同じように、「今日も話の通じない人は現れるものだ」とあらかじめ覚悟を決めていたのです。
相手の「悪意」を受け取らない
職場での理不尽な攻撃に対して、私たちができる最大の復讐とは何でしょうか? 言い返すこと? 相手を論破すること?
アウレリウスはこう言います。
「最大の復讐、それは敵と同じようにならないことだ」
相手が嘘をつき、感情的に攻撃してきても、あなたまで同じように感情的になってはいけません。もし怒り狂って言い返せば、あなたは「相手と同じ土俵」に引きずり下ろされたことになります。
相手が投げつけてきた「ヒステリー」や「悪意」というボールを、受け取らなくていいのです。 「ああ、彼女は今、これほどまでに他人を攻撃せずにはいられないほど、心に余裕がないのだな」と、ただの現象として眺めてみましょう。
逃げることは「負け」ではない
ストア派の哲学では、物事を「自分の力で変えられるもの」と「変えられないもの」に分けます。
- 変えられないもの: 他人の性格、上司の感情、過去の慣習
- 変えられるもの: 自分の考え方、これからの行動、自分の居場所
どれだけ正しい提案をしても、聞く耳を持たない他人を変えることはできません。それは今日の出来事で私が痛感したことです。
しかし、「自分の心を守ること」や「環境を見直すこと」は、あなたの手の中にあります。 もし、その職場があなたの魂を汚し続けるなら、そこから離れることは「逃げ」でも「負け」でもありません。 それは、変えられるものを行使する、**「戦略的な撤退」**です。
終わりに
今日、私は理不尽な目に遭いました。 でも、このブログを書くことで、思考を整理し、心の平穏を少しだけ取り戻すことができました。
理不尽な人たちのために、あなたの貴重な人生の時間や、夜眠るまでの安らぎを捧げる必要はありません。 まずは深く深呼吸をして、心の守りを固めましょう。 明日もまた、私たちは生きなければならないのですから。

コメント